2021年11月2日火曜日

あの『アメリカン・ハニー』が日本初スクリーン上映ですってよ!(12月4日に再上映あり)

そうだ、記事を書こう。ブログを書くのは約2年ぶりだ。そうだ、京都に行こう、と決める前に、もっと早く思いつくべきだった。なにせ大好きな『アメリカン・ハニー』が、日本で初めてスクリーンで上映されるのだ。それもたった一日、一回だけ。

『アメリカン・ハニー』は、イギリスの映画監督アンドレア・アーノルドが2016年に発表したロードムービーで、同年のブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワーズではケン・ローチの『私は、ダニエル・ブレイク』を抑えて作品賞、監督賞、主演女優賞など4部門に輝いている。

監督のアーノルドはイギリス人だが、舞台はアメリカ。田舎の貧困地域で希望ゼロの毎日を送っていた十代の少女スターが、雑誌の訪問販売をしながら旅をする若者の一団に加わり、まるでパーティーのような享楽的な暮らしに身を投じていく。彼らは現代のキャラバンであり、一種の疑似家族なのだが、未来など気にもとめない若者たちだからこそ成立している危ういその日暮らしは、まるでかりそめの夢を見ているかのようで儚くもある。

主演は、フロリダ州のビーチリゾートでスプリング・ブレイク中にスカウトされたというサッシャ・レイン。別の主演女優が急遽出演できなくなり、ドレッドヘアーで大きなタトゥーを入れた彼女に惹きつけられて出演を依頼したという。当人は最初はポルノの勧誘と思ったというのも当然の経緯だ。

ほかの出演者も、大半がストリートで監督に見いだされた演技未経験の若者たち。それぞれが撮影直前にだいたいの設定を知らされるだけで、誰もが素に近い状態で、ほとんどアドリブで演じたという。

サッシャ演じるスターと、彼女が恋に落ちるジェイク(シャイア・ラブーフ)を軸にした劇映画ではあるものの、意図的な演出にコントロールされていない出演者たちのナチュラルな佇まいが“なまもの”としか言いようのないライブ感を醸し出す。プロットを追うよりも、同じ空気を共有する刹那の高揚感こそが本作の核だろう。そして彼らが好むポップミュージックの数々が、本音で語り合ったりはしない若者たちのほんとうの姿を伝えてくれるように感じられる音楽映画でもある。

サッシャ・レインは本作で一躍脚光を浴び、『ハート・ビーツ・ラウド』(18)のようなインディーズ作品からリブート版『ヘルボーイ』(19)やマーベルの「ロキ」(21)といったメジャー系まで順調に俳優業を続けているが、本作のスター役はおそらく一生に一度レベルの当たり役で、彼女が放つ野生動物のようなオーラから目が離せなくなる。これほど“なま”なサッシャが見られるのも、デビュー作でしかあり得ない奇跡ではなかろうか。

ところが日本では、映画ファンであっても本作の存在を知らない人が少なくない。劇場未公開だしソフト未発売だし、動画配信サービスで観られた時期もあったが、それも短期間で消えてしまっている。そもそもアンドレア・アーノルドという監督も、世界的な評価は高いにも関わらず、日本では限定的な特集企画や映画祭でしか監督作が上映される機会がなかった。なんとももったいない話だ。

『アメリカン・ハニー』も、幸運にも観ることができた一部の人たちの間だけで語り継がれる幻の作品になってしまうかと思われた。ところが、最初に触れた通り、なんと京都みなみ会館で、11月6日に一度きりのスクリーン上映が行われることになった。

人づてに聞いたところによると、京都みなみ会館さんが自ら企画されたという。みなみ会館では以前もハーモニー・コリンの『トラッシュ・ハンパーズ』が一日だけ特別上映されていたが、あれは確か主催者が別にいたかと思う。日本の映画館で上映するには、海外の権利者から上映権を買い、日本語字幕を付けた上映素材を作る必要がある。その手間と費用を思えば、一日だけの上映というのはもったいないし、考えづらくもある。

なので、今後も上映の機会があったり、東京など別の街の映画館でかかる可能性はあるかも知れない。しかしそれも、現在唯一発表されている京都みなみ会館さんでの特別上映が成功しなければ、後に続く展開もないのではないか? その意味でも、この興行にはぜひ成功して欲しい。もちろん骨を折った人が報われて欲しいという思いもありますが、とにかくこの映画を多くの人に観て欲しいし、きっと企画の主旨もそこにあるんじゃないだろうか。

というわけで、微力ですが、自分も京都に行くことにしました。本作の映像美と詩情が最大限に発揮されるであろうスクリーンで観たいという我欲が一番の動機ではあります(※35mmのフィルム撮影と書きましたが勘違いでしたので修正しました。撮影はデジタルです。一時はサッシャ・レインのアップだけ35mmで撮ろうとしたけど断念したらしい)。しかし、単館の劇場が海外から一本の映画を買い付けて上映すること自体が大きなチャレンジだし、その瞬間に、祭りとして立ち会いたい気持ちも大きいです。

最近はことあるごとに残席数を覗いていて、あまり動きがなくて勝手にやきもきしていましたが、そろそろ座席も埋まってきた様子。興味がある方は、早めに予約しておくと後々悔やまずに済むのではないでしょうか?

そんなわけで、劇場サイトのリンクも貼っておきます。

https://kyoto-minamikaikan.jp/movie/13459/

◆2021年12月4日(再上映)

https://kyoto-minamikaikan.jp/movie/14370/


『アメリカン・ハニー』

2016年/イギリス・アメリカ/163分 監督・脚本:アンドレア・アーノルド出演:サッシャ・レイン、ライリー・キーオ、シャイア・ラブーフ、アリエル・ホームズ

京都みなみ会館にて、11月6日14:30から上映


追記:

ちなみにアンドレア・アーノルドの監督作は、現在開催中の東京国際映画祭で新作ドキュメンタリー『牛』(21)が上映され、Bunkamuraル・シネマが運営する動画配信サービスApartmentで『アメリカン・ハニー』の前作『ワザリング・ハイツ ~嵐が丘~』(11)が配信中と、なぜか突如としてラッシュ状態。マイケル・ファスベンダーが掛け値なしのクソ男を演じた『フィッシュ・タンク』(09、DVDあり)も青春映画の逸品なので、京都には行けないという人もぜひアーノルド作品に触れていただきたいです。