2016年10月8日土曜日

深田晃司監督による小説版『淵に立つ』の話。

ああ、今日は『淵に立つ』の公開日なのか。イヤな空気を淡々と浴びせられ続けるような映画ですが、怖いくらい面白いです。
 
そして深田監督が執筆した小説版がとてもよかった。なにがいいって文章がよかった。簡潔で押しつけがましくなく、丹精で美しかった。それでいて、後半になるにつれて話者の人格が漏れ出るような綻びが出てきて、完璧な世界観がちょっとイビツになる。それが物語の揺らぎとシンクロしている気がする。
 
いや、気がするだけで全然そんな意図じゃないかも知れないけれど、完璧じゃないことが重要な気がしたのです。映画の行間を補足するサブテキストのようで、やっぱり映画で目にする役者の演技と小説の人物像がイコールでないのも面白かったですし、終盤の展開も映画とは違って、小説のが当初の構想に近いらしい。
 
カンヌ受賞もあってメディアの露出も随分増えた気がする深田監督ですが、小説家・深田晃司のデビューもちょっとした事件ではないかしら。

 
 
※イビツといえば「ここも?」って思ってしまう意外な箇所でのカタカナの多用。ちょっとご本人に意図するところをお聞きしたいです。
 
 
小説「淵に立つ」
https://www.amazon.co.jp/dp/459115145X/

2016年9月11日日曜日

『淵に立つ』が“生え際”映画の一本に連なる傑作だった件。

深田晃司監督作『淵に立つ』は世評に違わず傑作だった。おそらく黒沢清やミヒャエル・ハネケの文脈で語られるだろうし、実際にその誘惑にも駆られるのだけれど、本質的なところでは異質かつ独特な映画ではないかと思う。

これまでにも深田監督の作品に匂っていた“家族”という形態への不信感のようなものが、一見冷徹に思える作風の裏で怨念のようにふつふつと沸騰していて、結果的に監督の作品でもっとも人間的かつ感情的な作品になっていたように感じた。

やたらと不穏で蠱惑的な浅野忠信の怪演に関してあと少し。

浅野忠信の最近の姿を見る限り、髪の生え際が突然不安定になってきている模様。それは『淵に立つ』でも同じで、むしろ強調されているようにさえ感じるのだが、浅野忠信演じる八坂の丹精な外見、佇まいの中であの生え際のアンバランスさが突出し、あのキャラクターの、ひいては映画全体のいびつな感触を増幅しているのだ。

薄毛のお前は髪の具合に過剰にセンシティブだなと言われるかもですが、キャラクターのビジュアルって映画全体を支配するほど重要なもの。その点で『淵の立つ』の八坂の生え際は、『ノー・カントリー』のハビエル・バルデムのオカッパ頭級のパワーを放っていると思う次第です。

と、『淵に立つ』から派生して、“生え際”映画祭で上映するべき作品を考えてエレベーターが人間を襲うホラー『ダウン』を思い出した。

『ダウン』はナオミ・ワッツがたぶんブレイク前に契約してしまったらしく「なんでこんなB級ホラーに?」と驚いたものだが、イケメン扱いの主人公がやけに薄毛であり、彼が映る度にこれがB級映画であることを痛感させられるのである。おかげで「エレベーターが人を襲う」という強引な大前提も違和感なく見られてしまうという、まるで世界観を象徴するような薄毛であった。

この流れで友人に思い出させてもらったのがケビン・マクドナルド監督の潜水艦映画『ブラック・シー』。リストラされた潜水艦乗りたちがナチスの沈没船を見つけて財宝を手に入れようとするのだが、船長を演じたのがジュード・ロウ。

これが頼れるベテランなんだけど、時代に取り残され、家族も失い、カネだけはいるという散々な苦境に陥っていて、ジュード・ロウの生え際のおぼつかなさがこれまたキャラの不安定さや、しょぼくれた境遇にリアリティをもたらしているのだ。

ジュード・ロウは公私ともにモテモテのイケメンキャラで売ってきたが、同じく薄毛を強調していた『アンナ・カレーニナ』のようにイケメン崩れの成れの果てのような役柄の時に真価を発揮すると思っています。ジュード・ロウ、薄毛界のトップランナー。

と、話が随分と逸れたところで了。

2016年9月6日火曜日

女優・高木珠里さんの一人芝居「シュウチャク」が最高で明日までだった件。

もう9年も前の話になるが、知人から電話があった。

「後輩が映画を撮ったんです、これが素晴らしいんです、村山さん、普通友だちが撮った映画が面白いんで観てくださいなんて言われたら絶対に面白くないじゃないですか、でもこれは本当なんです、ぜひ観て欲しいんです」

そこまで言うのであればとマスコミ試写会の最終回に滑り込み、度肝を抜かれたのが吉田恵輔監督の長編デビュー作『机のなかみ』だった。確かに素晴らしかった。才気と創意と、その辺の凡作どもを蹴散らしてやるという気概に満ちていた。あの時電話をくれた小出さんには今でも本当に感謝しています。

で、何が書きたいと言うと、友人でバンド仲間でもある女優・高木珠里さんの一人芝居「シュウチャク」が本当に素晴らしかったということ。2年前だかの初演も観ていて充分に面白かったのだが、精度もクオリティも格段に上がり、なにより1時間5分という尺に対する満足感がみごとだった。

自由奔放で、攻めの姿勢を貫きつつ、客観性が伴っていてウェルメイドですらある。そして珠里さんがやっていることが本質的にとんでもなくくだらないのがいい。特に中身を解説したりはしませんが、このパフォーマンスが平日の三日間しか観られないのはもったいなく、明日の最終日にまだ席があるらしいので、せっかくなのでご覧になってはいかがでしょう。

江戸川橋「絵空箱」にて、14:00と19:00の2回上演だそうです。

高木珠里公式サイト→http://takagijuri.com/

2016年9月4日日曜日

脚本家・仁志原了さんのこと

脚本家の仁志原了さんが亡くなったと知った。6月に大動脈解離で倒れられて先月26日に亡くなったそうだ。仁志原さん、とさん付けで書くのは、仕事でないところで2、3度お会いする機会があったからだが、先方が覚えていらっしゃるかどうか自信がない程度の面識だった。

2016年8月18日木曜日

もうすぐ死ぬCIAエージェントがもうすぐ死ぬテロリストを追うニコケイ映画『ラスト・リベンジ』

先日のアントン・イェルチン追悼オールナイトで観た『ラスト・リベンジ』が、ダメな映画と言えばダメなんだけど、なんだか無視できない圧があって引っかかる件。

WEBサイト始めました。ネット配信系の映画/ドラマをレビューする「ShortCuts」

タイトル通りの告知目的なんですが、NETFLIX、Hulu、Amazonプライムビデオなどネット配信系で観られるオリジナル作品などをメインにレビューするサイトを、有志の友人たちと始めました。
《ShortCuts》
http://www.shortcuts.site/

シリア内戦で餓死者が続出した町マダヤからの手紙を訳してみた。

先日、ワシントンポストで「2015年以降の欧米以外の国のテロ犠牲者数が欧米で起きたテロの50倍」という記事が出ていた。英語がスラスラと読めたりはしないが、図解があって世界のイビツな現状が視覚的にわかる。文字通り、ひと目で伝わってくる。こういうわかりやすさは非常にありがたいのだが、日本でこの類の情報を平明に伝えてくれる大手メディアをあまり知らない。

ということをfacebookに書いていたら、友だちがアルジャジーラが今年1月31日に掲載した記事のことを教えてくれた。シリアの町マダヤの苛酷な状況を訴える住民の手紙を紹介しているのだが、日本では自分も含めて「マダヤ」って町の存在すら知らない人が大半ではないだろうか。

2016年7月5日火曜日

憲法改正の是非はともかく「まず自民党の改正草案を一度読んでみようぜ」という呼びかけ。

「今回の選挙の争点ではない」といくら言われても、憲法改正が党是と繰り返し言ってきた人が政権与党の党首であり、もう何年も前から自民党は憲法改正草案を公表しているわけです。そこを争点にするなと言われましても、そりゃあ2/3の議席を獲ったらヤル気でしょうよ。

で、憲法を改正するべきか否かの議論をここでする気はないです。ただ自分は2年くらい前だったか、自民党の憲法改正草案を読んでビビった。こういう類のことには詳しくないけれど、強烈な違和感を持った。そして草案が発表されたのがさらに前の2012年だったことに半ば感心したわけです。自民党は着々と準備を進めて詰将棋をしているのだなと。

2016年6月24日金曜日

【トリビア】「君が生きた証」にまつわるアレコレを追記。

アントン・イェルチンの事故はリコール車の欠陥が原因だったことがはっきりしてきたようで、メーカーに対する集団訴訟が起されたとのニュースが。シフトを「P」に入れても「N(ニュートラル)」になってしまう不具合で、コンピューター制御なので修理方法はソフトウェアをインストールするだけらしい。自動車の操作がもっとアナログだった時代にはありえなかった事故であり、AI化の弊害ってもはやSFだけの話じゃないな。

前回の「君が生きた証」全47曲解説というかなり自己満足的な投稿を、思いもよらず大勢の方に読んでいただいたようで本当にありがとうございます。改めて映画を見なおしたり、調べものを再開したりしていたら、気になることが次々と出てきて加筆や修正を繰り返していたのですが、もはや「曲解説」でもなんでもない内容が増えてきたので、メモを兼ねてトリビア的にざっくりまとめておきます。

2016年6月22日水曜日

『君が生きた証』全47曲解説

『君が生きた証』(2014・米/原題:Rudderless)でクエンティンを演じたアントン・イェルチンが、6月19日に不運としか言いようのない事故で亡くなりました。すでに脳内でイェルチン=クエンティンと化している自分は『君が生きた証』のことばかり考えてしまい、ネットを覗いてみると同じようにイェルチン=クエンティンに想いを馳せている人が大勢いて、勝手に連帯のようなものを感じています。

『君が生きた証』で使われている音楽に関しては、映画ライターという仕事と趣味の両方でいろいろ調べていましたので、劇中で流れる全47曲を登場順に並べて解説を書いてみました。どうかと思われる長さ(約9000字)ですが、ご興味のある方、自分のように『君が生きた証』に魅せられてしまった方のご参考になれば幸いです。

2016年5月16日月曜日

映画『さようなら』:竹の花はなぜ咲くのか?(ネタバレあり)

ちょうど深田晃司監督がカンヌに参加されているタイミングということもあり、前から書きますと約束したのに先延ばしにしていた映画『さようなら』の話を。ネタバレします。あと長文。

2016年4月18日月曜日

『リップヴァンウィンクルの花嫁』、歪みまくった怪作コメディ。

岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』、
かなりの怪作でした。面白かった。
監督は他人の作品を引き合いに出されるのは嫌でしょうけど、
自分にとっていかに予想外だったかを
説明するために言わせてもらうと、
トッド・ソロンズが『マルホランド・ドライブ』を撮ったみたいな
突拍子もないダークコメディという印象。
とりあえず冒頭から不穏な空気しか漂わず、
すき間すき間に悪意に満ちたギャグや小ネタが
ぽいぽいと挟み込まれてくるので
全編を通じて本当に油断がならない。
綾野剛の役柄にまつわるメタ構造も凄まじくて
「物語=作り物」という前提を幾重にも張り巡らし、
自分は「運命の創造主」にまつわる考察のようにも感じました。
黒木華は主体性のない女をみごとに演じていて、
ときたま突拍子もない擬音を使うときの発声がいちいち素晴らしい。
和田聰宏さんが今回もクソみたいな男の役で出ていて、
和田さんはいつもに増してクソみたいな男っぷりが板についていて
ハンサムのとても正しい使い方だと思います。
あと岩井監督は昔からですが、
作品をひとつのジャンルで括らせてはくれない。
本作を感動的な女子の成長ストーリーと取る人もいるだろうし、
ドSな変態監督のヒロインイジメにも見えるし、
人生の無常を対極的に見つめるかと思いきや、
とんでもないはだか祭が始まったりする。
右に左に振り回されて、混乱させられるのも込みでの面白さ。
ただ、3時間の上映時間はもう物理的につらい。
上映前にトイレに行ったにもかかわらず
2時間くらいは尿意を我慢していた気がする。
終始どこに転んでいくかわからない物語だけに
どうしても中座するタイミングが見つからない。
途中で休憩をはさんでくれるか、
入院した時にあまりにも快適だった尿道カテーテルが
もっと簡易化できるのならば、
あらゆる劇場シートに導入するべきではないかと
本気で思う次第です。尿道カテーテル最高。
と話題が逸れましたが、
岩井監督≒綾野剛というこの映画における関係性と
現代の観客はフィクションとどう向き合うのか
という命題については、もうちょっと考えてみようと思います。

2016年1月24日日曜日

知らないひとの人生がわっさわっさと降ってくる本。


結構前に買ったまま寝かされていたミランダ・ジュライのインタビュー本「あなたを選んでくれるもの」を、一度手に取ったら半日で読み終えた。自身の監督・主演作『ザ・フューチャー』の脚本執筆に行き詰った彼女が、フリーペーパーに売買広告を出す人たちに興味を抱き、片っ端から電話をして訪ねて回る突撃取材モノ。
いや、そこはミランダ・ジュライなんで突撃取材という勇ましさはなく、短く分けられた章に一組ずつあらわれる名もない一般人の濃密さに取材者本人が動揺し、読んでいるこちらも彼らの人生の断片を受け止めきれずに胸が苦しくなってくる。
とにかく一つの章を読み終えるごとに軽い休憩が必要で、一気に読み通したら『サウルの息子』並みに消耗するのではないか。
そして読み終えてみれば『ザ・フューチャー』の壮大なメイキングとしても機能している辺り、表現者の貪欲さってすごいなと。特に気まぐれで始めた取材が『ザ・フューチャー』の舞台裏や中身とシンクロしてくる終盤は、ノンフィクションとは思えないほどドラマが立ち上ってくる。
ミランダ・ジュライはもの哀しくもキラキラとした長編映画デビュー作『君とボクと虹色の世界』にノックアウトされ、第二作の『ザ・フューチャー』では暗い閉塞感がたちこめた内容に軽く途方に暮れたのだが、この本を読んだ以上『ザ・フューチャー』を観直さずにはいられない。
同業者でもあんまりミランダ・ジュライ観ているひとって多くない気がしますが、とりあえずこの本から入っても興味掻き立てられるんじゃないでしょうか。ささやかだけど凄味のある本でした。